合理的ねぇ…

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100622

自分が解釈するに、デジタルデータ化できるものは、デジタルデータで「所有」しておいて空間を有効活用。デジタルデータ化できないけど、利用頻度や利用期間が高くないものは、レンタルで済ませましょ。というよくある話をしたいのかなと自分なりに解釈しています。ただ、ところどころ議論の中にラディカルな視点、デジタル時代における「レンタル」や「所有」の概念を考えさせらるような例が含まれるため、自分には理解の出来ない遠い世界の話をしているのかな…とも思ったりして、自分の中で混乱しています。

資本主義経済の特徴のひとつが「私有財産制」にあるように、これまでの経済発展の中では、「より豊かになる」とは「より多くを所有すること」だったと思うんです。食料から始まって、衣服、家電、車、家、不動産、(一夫多妻制においては)妻、お金、会社(生産手段)と、何でもより多くを所有している人が“豊かな人”“豊かな生活を送っている人”であると認識されてきました。

ところが、世の中は今、より所有しない時代へ向かってる。より所有しない生活こそが、より豊かで高度に発達した生活スタイルなんだと。そういう時代に向かっている気がします。

実は今も昔も何も変わっていなくて、所有ではなく、消費している(それはニアイコールで銭をいっぱい使っている人)が、「資本主義経済的」に豊かな人なんじゃないかと。極端に言えば、独身でトランク1つしか荷物なくても、ホテル住まいで世界を旅行している金をジャブジャブ使っている人の方が「資本主義経済的」には豊かなんじゃないんですかね。(収入0の自分は全く豊かじゃないわwwww 誰か金くれwww)

「デジタルデータ化できるものは、デジタルデータで「所有」しておいて空間を有効活用。デジタルデータ化できないけど、利用頻度が高くないものは、レンタルで済ませましょ。」という世界は、そういう資本主義経済をさらに推し進めるための仕組なのではないか。もっといえば、人類は、限られた空間の中でより効率的に消費する(=金を使わせる)ためのデジタル化、レンタルという仕組みを手に入れたとも言える。色々な人がいるので一概には言えないが、本やCDをいっぱい読みたいけど場所を取るからデジタル/レンタルなんでしょ。流行の服やら最新のガジェット、海外旅行のトランクケースもそうでしょ。多くの製品を試したい。新しい製品を使いたい。新しいことにチャレンジして見たい。色んな経験をしたい。そういうとどまるところを知らない人間の欲望に答えるためのレンタルやデジタル化ではないかと。

結局のところ消費者、生活者としては“いつでもどこでもの使用価値”だけが確保できれば、それを確保する手段は“所有”以外の方法でもいいんだよね。“所有”より合理的な使用価値の確保方法が普及すれば、そっちの方がよいでしょ。

「合理的」、「時代遅れ」という難しい言葉がすんなり使える人、カッコイイ!!

テレビもパソコンも数年のレンタルでいいし、ソファや机やベッドも引越のたびに運ぶより、レンタルで揃えておいて、引越時には新しい部屋に合うサイズや雰囲気のものをあらためて借りる方が合理的でしょ。

確かに合理的かもしれないね。
だけど、その引越しのために働いているようなライフスタイルが、どれだけの人に合理的かどうか…。少なくともうちの親父には非合理だよ。

しかも家具や家電なら、新品のレンタル、二次使用品のレンタル、三次使用品のレンタルと、同じ商品でもレンタルされるたびに価格が落とせるから、数十万円のイームズのロングチェアを三次使用で格安レンタルみたいな市場も作れるし、初めて一人暮らしを始める人の初期コストもすごく安くできる。

TCOには非合理だと思うけど。


あまり強く書かなかったけど、レンタルやデジタルデータの合理性ってのは、あるライフスタイルでの合理性だと思うんです。だから、時代遅れなんて言葉で釣るのはどうかと思います。