計画は、大きな視点から小さな視点へ

何かを計画する。例えば旅行。いきなりその日の電車を決める人はコアな鉄道マニアくらいだろう。普通は、温泉とか、ハワイとか。そういう大枠。それから自分の希望に合わせて狭めていく。計画はまず、大きな視点。それから徐々に狭めていく。

反省

おかしいな と 思いつつ 都合のよい解釈をしてしまい 
後から考えると大失敗をしてしまったと気づく。
もう過ぎてしまった事なので仕方ありませんが 同じあやまちを繰り返さないように する。 本人には再度謝罪したい。

スマホの音声入力認識力はすごいが やっぱり使いづらい。

技術や方法論の目的

そもそもまず対処すべき課題が明確に認識されていたからです。日本でのほとんど「すべての技術的なブレイクスルー」は、“思いつき”ではないです。これぐらい当たり前に出来てほしい、ということの課題のクリアから生まれています。(僕は、この「当たり前」の感覚が共有化できることが技術屋の本質だと思います。クラフトマンシップと言ってもよい。)
課題が解決して、あることができるようになることは、一面では文字通り「単純な課題の解決」でしかないです。できてみると「まぁそれはそうだな」ということが多い。ただし「冷静に考えるとそれはそれで凄い。」

技術革新はそういったところから生まれていると思います。

まずは、その辺に転がっている問題で、「誰がどう見てもそれはおかしくないか?」という問題から片付けるべきです。論争になるようなものとか、思いつきベースのニュー・マーケットとか、・・・そんなに皆さん暇ではないでしょう?
技術革新は何のためにあるのか? - 急がば回れ、選ぶなら近道

学問も同じだ。あまり詳しい分野ではないが、◯◯学の歴史に関する本、いわゆる科学史を見ても同様だ。今では教科書に載っているようなものでも、目前の問題を解決するために発明されたものだったという例は多い。統計学なんて特にその傾向が強い。

教科書って、当時の問題やどういう時に使えるのかというのをすっ飛ばして、それを覚えろというのだから、自分は嫌いだ。